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January 18 ビューティフルライフ初対面の「友達」に会って、晩ご飯を一緒にした。というのは、実は友達の友達なわけで、その紹介で会うことになった。顔をあわせたはずもなく、ロビーでの瞬間、なんだかどこかで会ったようなことがありそうな顔だなとあれっと思った。
北京で会っていたのではないかと聞いてみた。さっぱりという顔だった。それは本当に不思議だと思う。デジャビューになるか。そうだとすると、面白い。かつて経験したはずのないことが、何かのはずみにそのように移ってくる。
정신을 차리다という慣用句がある。気を確かに持つというのであって、まさにそれができないときに、いろいろ妙なことが起こる。UFOを見たという経験を披露する人はいつもそうだと言われる。それは単なる厳格でしかないじゃないかと…
今日の場合はそうではないらしい。昼寝もきちんとしたしな。そのうちに話が弾んで、何時間もそのまま静かに流れた。その友達とバス停で別れた後、一人で夜の街をぶらついた。こんな寒い夜にはネオンが似合う。人に異様な目つきで睨まれながらも電光の広告版にカメラを構えた。フラッシュはいらない。フラッシュの映像はずっと前からあきらめた。
何があっても平常心でいられるそうだ。その友達は。それはまとめてみると、適当に比べることに秘訣があるのではないか。幸も不幸も相対的なものだ。要するに、何を基準にするかという一言に尽きる。いつまでも上を見てではなく、適当に下をも見ながら歩くと、生活は案外簡単になるかもしれない。そうすると、ずっと楽になることもできよう。
January 07 青空今まで見た中で最高の青空だ。友達からのメールだった。久しぶりに一人で公園をぶらついているという。あいにく室内だったが、窓越しに空見てみると、その通り、そこには、一面に広がっている青空が見えた。建物や木立に縁取られた空は、雲ひとつなく、快晴の様子を窺わせている。
その友達はどんな気持ちでこの青空を眺めているのか。久しぶりに空を見る余裕ができた喜びだったのだろうか。一年前の自分に決着をつけたのだろうか。新たに湧き上がった期待に駆られて、帆をかけて勇往邁進する原動力も一緒だったのだろうか、それとも何も思わずに空を見つめてばかりいたのだろうか。いや、そんなはずがない。
思慮深い彼のことだから、いろいろな思いを胸に、空、風、湖を取り入れた水墨画ごとき美しい絵を心に描いたことだろう。それにひきつけられ、落ち着きながらも、高鳴るような希望がこみ上げてきたに相違ない。
常に内省すること。簡単なようでなかなかできない。それができないかぎりでは、暴走するおそれさえある。暴走して、壊れたり、何か、誰かにぶつかったりすることも十分可能だろう。一番知っているはずの自分も、見知らぬ他人に変身してしまうこともある。
それはつまり自己喪失につながる。いかに人と会う約束が多くても、自分と会う約束は忘れないでください。いかに自分のことに没頭しても、自分に問いかけ、自分と話し合う時間ぐらいは確保してください。
友達のメールで自分もつい見上げた青空に、そんなことを教えられたのだ。 January 02 存在感授業を終えて、携帯をチェックしていると、昔の同窓で同じく北京にいる友達が連絡をくれていた。なんとなく暖かいような気持ちになる。つい昨日まで想っていた。あいつとはずいぶん長い間全然連絡しなかったなと。 大学時代からも仲がよく、いつまでもというような友達って、こうなんだなと思わせるような友達だ。山東省出身できわめて誠実な性格の持ち主だ。かといって、世間知らずということでは決してない。僕をそのように思っている人も多いかもしれないが、その友達はそんなタイプではない。 「まだ食事してないけど、時間ある?」 あいにく、僕には先約があるので、断らざるを得なかった。それじゃ、また日を改めて孫さん(クラスメート)も一緒に集まろうということになった。 そしてもう一人は院生時代の同窓。ロシア語学部、センターと専攻を全然異にした二人だが、寮では筋向うという関係で、なんだか親しくなったのだ。頭がいい半面、なんとなく思い込んでしまうような、理想主義的とでもいえるような友達だ。派手な振る舞いはなくても、なぜか目立つような存在だ。時間があったら、一緒に食事でもという誘いだった。 これも仕方なく明日にということで、電話を切った。 大げさかもしれないが、人が自分とは全然無関係ではないという、自分の存在感を改めて確認することになった。実は前にも同じようなことを諭すような電話があった。 上海の友達からの電話だった。ちょうどそのときに妙に落ち込んでいた。自分では感じない、いや、感じたくないのかもしれないが、その雰囲気が読み取られたのだ。 友達との会話で僕がいつも話題に上っていたという。大丈夫かな、一人で悩みはしないかと。あまり連絡はせず、自分のことを忘れているのではないかと思っていた。 実はそうではなかった。そうではないことは、その友達の電話から明らかに聞き取ることができた。 あまり連絡はしないが、たえず友のことを案じ、思いやるという、人の目には見えないような網が満遍なく揺らいでいるように実感できた。
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