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11月1日 使い捨て最近よく話題に上るのは、天気のことだ。もう11月というが、小春日和という感じで、むなしくすごすことの無いよう山登りしたりする人が大勢いるとか。
それでも、秋に入ってからというもの、電気料金が下がるどころか、風邪を引くまいとしてほぼつけっぱなしにしてきたせいか、増加気味も。季節の変わり目とあって、朝夕の冷え込みは依然として馬鹿にできない。とはいっても、自分を大切にしすぎているのかもしれない。
確かに、体質管理は個人の問題だ。体調が崩れようが、気分を悪くしようが、まったく自分の勝手なはずだ。それはあくまでも学生時代に限ってのことだと思われる。無断で欠席をしても、回復を目指して時間をかけても、人への迷惑とということにはならないですむ。会社などの仕組みに組み込まれると、そう甘くはならない。同僚に、上司に、周りの人たちにどれだけ迷惑をかけることになるかは自明のことだろう。ましてや医者、操縦士のごとく、命という限りなく思い存在を扱う場合ともなると、想像もできないほどとんでもないことになるに違いない。
なんだか派手な個人生活へのだらだらした言い訳と曲解を招きかねないが、できるだけ人に迷惑なことを少なくしようというところにも、体質管理の大切さがあるだろう。
自分がひとりぼっちと自らを哀れむ人が多いようだが、思えば、本当にひとりぼっちなのか。人に捨てられたがゆえにそんな生活を送ることにしているかもしれないが、執拗にも自分という世界に浸りっぱなしということも、同時に誰かを傷つけているのではないか。よく傷つくというやつは、必ず何かで人を傷つけているに違いない。これはたとえ防ごうにも防げない鉄則だろう。
それはかまわないのだ。故意にではないかぎり、取り戻せない始末ではなければ、何らかの形で修理することが可能だ。予防とは対等に、修理の仕事は人生の一大事業だ。もっとも、そのチャンスが与えられ泣けばならない。チャンスがないことには、どんなに真心を込めても、またいくら技術が高くても、何かプラスになることはできないから。
使い捨て。それは、ある程度、人間関係にも浸潤しているように思える。ギクシャクした仲を思い切り捨てよう。何かしっくりこない恋人関係、夫婦関係からいっそう抜け出そうというようなやり方の背後には、この使い捨ての構図がはっきり見て取れる。なぜなら、人間だって、おびただしい数に上っているから、どんどん次を求めようという考え方がその根底にあるのではないだろうか。
それでは、一番大切なものは、いったい何なんだろう。 |
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