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日志


2月29日

혼란

어제는 2 시간밖에 수업이 없었기 때문에 지쳤다는 것도 당연히 없었다.동료선생님은 무척이나 피곤해 보이는 얼굴로 다음 수업을 시작해야 하려고 사무실을 나갔다.오랜간만에 만난 학생들앞에서 역시 따뜻하네 하는 첫 인사말에 대해서 다들 그러구나하는 마음을 표하는 사람도 있으며 봄날이 다 됐다고 대답한 학생도 있었다.그게야 물론이고 이 보다도 더 중요한 것이 다른 곳에  있는것이라고 생각했다.그게 바로 오랜간만에 만났음의 그리움이 있어서야 온몸으로 따뜻하게 여길 수 있으니까.
 
일하기는 참으모 좋아하는 것이다.혼자서 있기만 하면 쓸 떼 없는 딴 생각으로 차 있기 일쑤다.나도 역시 그러고 싶지 않겠지만 이런 마음을 금할 수 없는 것 같다.그렇다고 해도 쉴새없이 일만 하는 것이 내게는 정말로 무리한다.때에는 세상에 왜 이렇게 무순된 것이 이렇게나 많는가하고 우울해진다.하고 싶은 것,하고 싶지 않는것 만나고 싶은 사람 만나고 싶지 않는 사람 다 동시에 존재하고 분명히 말할 수 있는 것은 없을 것이다.똑같은 일이나 똑같은 사람도 그때그때의 마음 하나로 다른 것으로 보인다.
 
많은 복잡한 것들중에서도 가장 복잡한 건 아마 사람의 마음이다.반면 많은 안 변하는 것들 중에서 영원한 존재도 바로 사람 마음이다.잡을 수 있는 사람.잡을 수 없는 사람의 마음,사랑.인간 만큼 재미있는 것은 없지요. 

雑感

同済病院もこれぐらいのものだと思った。武漢きっての病院とあって周辺各地でその名を馳せている。それも、経済がほぼ足踏み状態の地域では、それぐらいの病院は自然そうなるものだ。両親の健康が思わしくなく、今度の帰郷をきっかけとして、つれていこうと思った。一度も遅刻したことがない先生だと年配の看護婦さんに叫ばれつつも、時間になってもなかなか姿を見せてくれない当番の教授。採血の窓口ですそを捲し上げて久しくも全然見向きもせぬほかの年配の看護婦さん。

 

何を聞いても、閻魔顔で返してくれたり、あるいは全然無反応の薬局のスタッフ。その応対にはあきれてしまう。病院というのは、病気を治せばそれだけで済むようなところではないのに。その病院のスタッフたち、病気にかかったことはないかな。そんな時に、粗末な応対をされたら、果たして理解して平気でいられるものか。僕なら理解できない。人の身になって考えたりすることはあまりにも少ないとない。これには悲しみに似た憤りをことあるごとに痛感する。

 

悲しみの向こう岸に、喜びがある。

1リットルの涙という日ドラのテーマソングの歌いだしだった。

 

自分を一つの惑星にたとえて見ると、軌道から外れているかもしれない(感情のことではないぞ)。乗っていると錯覚する時が多いが、外れていることだけは明らかだ。自分が認めたくないだけのことだ。他のみんなは定まった軌道をぐるぐると着実に回っているのに、なんだか自分だけが空回りして、暴走して常軌を逸しているように見える。毎日通常通りで通勤することはするが、仕事から勉強してやりがいみたいなものも覚えるが、妙にどこかが間違っているような気持ちになることはたびたびだ。

 

気まぐれでいっそあれをしよう、これをしようという思いで、すっきりしたい時はもちろんある。人生というあまりにも重過ぎる氷山にぶつけて見ると、それらが一瞬色あせる。自分の人生。だから、自分で決断を下さなければならない。消極的に決めたくないし、決められは無論したくない。ふざけ半分で、投げ出し半分でいい加減にどんなことでも決めてしまおうということもあるが、それを心の奥で軽率極まりないと冷笑しているかもしれない。

幸せになりたいから、人生を選択しているわけではない。幸せに人生を選択したいだけだ。選択されるからといって、不幸になるわけでもない。因果関係は別にない。将来のことはだれもわからないい。選択の向こうに、何が待ち受けているかは、誰も分からない。

 

自分で自分の主人公になりたい。これはまさに生きることではないか。生きている以上、常に選択を迫られるのは人間の宿命だ。当分は待とうというのも、選択の一つに違いない。解決しないということでは決してない。よりよい選択のためにというのもあるから。落ち着いて選択肢、落ち着いて選択してもらうことは自分にも人にも優しいことではないか。これによって、誰かを傷つけたり、時には自分を傷つけたりすることもありうる。それでも、自分のことばかり考え、自分の殻にこもりっぱなしということは、いいこととは言えない。

 

花火を見ても美しいと感じなくなった。ご馳走を食べてももどしたいと思うだけ。いい眺めがあっても、道を急ぐことしか知らない。いつかそんな人間になっているのではないかと不思議に思う時がある。目の前をもやもやするものがある。そういう部分を取ろうにも正体がはっきりわからないので無理だ。

 

とにかく、自分が自分じゃないみたいに感じてしまう。進もうと声をかけてくれる一人がいるのに、怠けようと水を差すもう一人がいる。その宙ぶらりんのところにいるのは自分だ。そんな状態がいつまで、どこまで続くかも、まったく見当はつかない。

 

不安。募るばかりの不安。そんな不安にあっては、一刻一刻を大事にすることを覚えた。不安による不安で時間をつぶすには、贅沢としか言いようがない。そういう意味では、不安もまた原動力になりうるのだから、否定ばかりはできないものだ。不安だからこそ、喜びもある。

 

家族。何があっても、絆を深めていくばかりの家族に憧れを持っている。そうして自分が一人ではないのをしみじみと感じることになる。孤独に包まれたままの喜びも、悲しみも夜空を描く花火のごとく、実感の伴わないものとしか映らないのだ。

 

家族愛。家族以上にほしいと思っているもの。それは何時になったら癒せるかも分からない。愛がないことには、生活も、人生もオアシス不在の砂漠になる。一時的にはしのげても、最終的には涸渇して枯れてしまう。

2月28日

健康

やっぱり暖かいね。新学期の新しい授業の切り出しだった。すると、春だからねという相槌が還ってきた。それもさることながら、久しぶりにみんなに会ったときの喜びが、何か見えない形で私を包んでいたのかもしれない。心のどこかでほっとしているような思いでこの表現を取ったと思う。簡略な挨拶に続いて、受け持つ科目が変わったことと、新しい科目をどのようにやっていくかという方針に対して少し説明を施した。ほとんどみんなが半ば頷きながら話に集中してくれた。ずっと前から続いてきて、しかも永遠に続くのではないかと思われるような一こまだった。
 
授業に先立ってはいつも引き締まった気持ちを感じずにはいられない私。自信がないかというと、そうでもない。繰り返される光景の中でも新しいことをしているのだという思いを常に確認しながらやってきている。午後は久しぶりにCCTVの談話番組を見た。50歳にして始めて健康問題に取り組み、豊かになりつつある中国人の健康意識の覚醒に努めてきたという専門家が、日常生活において、しなければならないことと、してはならないことなどを分かりやすく説明してくれた。70歳を超えたにもかかわらず、論理的にしかもにこやかに話してくれるおじいさんだった。自分もそんな年だったら、どんな風になるだろうかと思わせてくれるような方でもあった。
 
順風満帆な人生のおじいさんかと思ったら、なんと知能障害の娘を抱えてきたおとうさんだったことが分かった。医学的にあの手この手とお嬢さんの病気を治そうとしていたが、結局は甲斐もなく、回復のきざしは見られなかった。それでも断念せずに、ひたすら愛情をもってお嬢さんを育てることにした。その末に、家族としての絆が深められ、お嬢さんも意思表示まできちんとできるようになった。
 
喜怒哀楽。それこそ人生そのものだと、おじいさんが唱えた。ありふれた言葉だが、私には力強く感じられた。その経験があって、そのようなことが言えたのではないか。だれでもいえそうな言葉でも、不思議なぐらい力が伴われる。
2月23日

春よ、久しぶり!

新学期のスケジュールが決まった。相変わらずハードな。思わず深呼吸をしたくなるような。春節ですっかり弛んだ気持ちを引き締めずにはいられない。
 
昨日は小規模なミーティングに参加した。今学期の予定とか、先学期の仕事のそうまとめなど、いろいろなことが話された。オリンピックで何か影響が与えられるとか、夏休みが例年よりも早まるとか。それよりも、一時間一時間をきちんとやっていくことだなと思った。無論、大局的な視点も必要なのだが。
 
そうそう、この間は友達とかの話で春の気配と出たが、昨日といい、今日といい、気配だけじゃなく、まさに春だという実感がする。シャツ一枚でも大丈夫で、ぽかぽかするような青空のしたで歩いたり、走ったりするのは、最高な幸せではないか。
 
休みもこのとおり残りわずか。というのは、春の先頭の感嘆だ。
2月16日

心配性

寝ては目覚め、目覚めては寝る、そんな夜が多くなってきた。寒くて悪い夢を見ていて間を覚ますこともあれば、つけっぱなしのテレビで目覚めることもある。なんて馬鹿なことだなと自分で思わないでもないが、どことなく落ち着かないような気がする。仕事とかがうまくいかないというようなこともないのに、ついいらだってしようがなくなることも少なくない。昨日は友達のお母さんとのおしゃべりで、心配性と言っているが、自分でもそうではないかと思った。
 
心配する人は一生心配する。心配しない人は、一生心配しない。なぜなら、心配性の人は生まれつきの性格で心配の種がないと、自分ではなくなるようで、いらいらし始める。それに対して、心配しない人は、きまっていつも心配してくれる人がそばにいるから、いつものんきでいられる。主人がぜんぜん何もしてくれないと文句を絶えず言う奥さんがいるだろうけど、逆に考えてみると、もし主人が親切に掃除とかをしてくれても、助けてくれたと認めるどころか、そんないいかげんな掃除ならむしろ自分からやったほうがいいと厳しくしかるかもしれない。
 
それによって、夫婦喧嘩の火種が撒かれることになることが多い。うちの親父もいつもしかられるタイプ。おふくろは、何でも自らしないと、なかなか気がすまないような性格。もちろん両方を受け継いでいるに違いないが、どちらかというと、やはりおふくろからの影響が甚大だ。パーティーへ行くなら、みんなの顔を伺うし、派手なことをするより、みんなのサポートをすること、または安全面のことを考えることとかが多い。Aさんのさりげない一言でBさんが傷ついたりして、二人の間で喧嘩が起きようとすると、そこで二人の仲を取り持つ。そんなことが好きというか、和気藹々たる雰囲気をなにより重視する。
 
これも心配性なのかな。
 
2月12日

高速道路

まさにことわざにもあるように、知らない人には怖いものなどがない。今度の連休に自分の運転で実家のある湖北省に帰ってきた。一人でだよ。腕にそんなに自信を持っているわけでもないが、チケットが求めにくかったというのもあって、結局は車で帰ることにした。1200キロもあって、ミニ長征みたいなものだった。
 
出発の前からも自分ながら合掌して無事を願っていた。好運を願うというよりも、むしろ自分で自分に念を押したかっただけだ。いくら気をつけてもつけすぎることはない。注意の上に注意を重ねろと、何回も何回も言い聞かせていた。スピードがキーワードだと思った。たとえどんな状況でも、自分のコントロールできる範囲内のスピードだったら、何とかできるのではないかと、信じていた。無論、それ以外にも、いろいろ注意しなければならないことがある。自分のほうから事故を起こさない。それと同等に重要なこともある。断じて事故になりそうな状況に巻き込まれまいとする努力。こういう状況は避けよう、余裕のある運転を求めようなどと随時把握した状況をすばやく判断していた。誰も事故を起こしたくないが、不幸な一瞬、一瞬だけは予告がないから、まさに油断一秒、怪我一生。
 
それでも無事だった。高速道路や道路の端に立てられた標識にこんな言葉が書いてある。安全が保障されてはじめて帰ることができる(安全才能回家)。時間との競走ではない。人の車との競走でもない。早くてもせいぜい一時間や二時間の差だから、少々遅くても安全が保障されればそれで十分ではないか。が、これがややもすると無視されがちだ。
 
昨夜の高速道路で事故があった。駐車場みたいになっていた。道の真ん中あたりには事故の車両が転がっていた。仰向けになった亀のような乗用車もあった。大惨事だったに違いない。なぜなら交通警察らしい人に早く早くとせきたてられたから、よく見えなかった。ネオンもない道をみんながよくもそんなに120も、130ものスピードを出していたなと不思議に思っていた。自分はこれに対していわゆるのろのろ運転だったのかもしれない。それでも80、90はあった。
 
その余韻でか、事故現場から出たすべての車がスピードを抑えているような感じの運転だった。かと思うと、それもせいぜい2,3分のことで、その後みんなはまた思いついたかのように猛スピードを出し始めて、前へ前へと急いだ。事故現場の光景にショックを受けてつままれていたのかもしれない。
 
忘れっぽいというか、楽天的な根性というか、あるいは関係ないとでもいうか、分からないが、もう少し深く考えて、よければ実行に移してみてもいいのではないかと思った。