SAMTAIME 的个人资料真夏の夜照片日志列表 工具 帮助

日志


2月27日

高くない

店員さんたちのうちに、うそつきが多い。運転席と助手席の足置き場に置く小さなじゅうたんを買いに行き、15、せいぜい20元と見当をつけながら値段を聞いてみところ、なんと、60元だった。ちょっと高いねと独り言みたいなことを言ってみたら、そんな思いがけもない返事が返ってきた。
「どこが高いんですか。ぜんぜん高くないでしょう。」
あきれた。まっかなうそをよくもつくものだ。高くないんだったら、一枚ぐらい自分で買ってみたら?と問い返そうと言いそうになったが、結局口に出さなかった。会もしないのに、なんでそんなけんか腰なのかと思われたくないから。それでも、結果は明白だと分かっているつもり。20歳そこそこの女性の店員さんで、給料はどれくらいかは分からないが、そんなにたくさんもらっているとは思えない。平均的な給料(たとえば3000元)にすると、一日は100元になる。二枚はその値段で行くと、120元で、一日の給料以上もとられてしまうことを意味する。もし自分がその店員だったら、絶対そんな奮発はしたくない。これには、個人差があるかもしれないが、合理的な消費を習慣としている中国人が圧倒的な多数を占めているから、結論ははっきりしていると思う。
値段は聞いても、買わない。そんな人が主流ではないか。
ぜんぜん高くないでしょうと、どうして言えたか分からない。なんとなく腹立たしくなった。北京にはお金持ちがいっぱいいるのは事実だが、とにかく自分はその一員ではないから、その高くないでしょうを聞いたとたん、あっさりと隣の店に行った。
今あるじゅうたんは汚れていたが、さっきの店で買った。確か20は超えていなかったと思う。似たようなものを隣の店で見つけた。模様は趣味に合わないが、交換用にと思うと、やはりいくらかと聞いてみることにした。
「30元一枚。」歯切れのよい返事だった。
予算とは結構離れているから、もうちょっと安くしてくれないかと交渉してみたら、いいえ、だめですと、店員のおばさんが商売をまとめる進路を完全に断ち切った。経済危機、経済危機と叫ばれている今なのに、どうしてそんな強硬な姿勢が取れたか不思議でならない。
確かに、値切りはできないところが多いところがあるとは分かっているが、どうしてそんな法外な値段がつけられるかとなかなか納得が行かない。
そんなところをアメリカ人が見たら、自分以上に驚くだろうとも思った。
2月25日

一度ぐらいは本気で怒って

「円明園は世界の奇跡である。超人の民族の想像力を尽くした稀有の、無二の作品である。大理石、玉、青銅、瓷器,雪松などを駆使して、造り上げた夢の世界である。

 芸術家、詩人、哲学者であるボルテールが、かつてこういった。
 東方の円明園は、ギリシャのパルテノン宮殿、エジプトのピラミッド、ローマのコロセウム、パリのノートルダム寺院に匹敵する。
 しかし、この東方の奇跡は消失してしまった。ある日、二人の強盗が闖入して、略奪、破壊しつくしてしまったのである。」
フランス軍の中国遠征に対する意見を求められたビクトル・ユーゴー以上の内容を旨とした返事を出していたと言う。言うまでもなく、二人の強盗は、警察官に捕まることなく、今や屈指の世界強国という堂々たる位地を保ち続けてきた。一人はイギリス、今一人はまさに最近、いや近年話題中のいわゆる民主国家フランス。
イブサンローラン(YSL)とピエールベルジェが共同の持ち主と名乗り出ている円明園の噴水を飾った獣首が世界の注目を集めている。クリスティーズとの計算ずくめのことかもしれないが、中国人が望んでいることではない。真の民主を擁する人たちが望んでいることではない。
 なぜなら、疑いもない所有権を持っているのは中国という国になるわけだから。それが、この正義の声や、マスコミの騒ぎから莫大な利益を上げようとしている悪が秘められている。その一部をエイズの研究に捧げるとかなんとか、笑止千万。本当にその気持ちがあるとしても、これを隠れ蓑にするのは、あまりにもずるいやり方ではないか。自分の都合ばかりを考えてのこのやり方は、ロマンチックな紳士という定評つきのフランス人にふさわしいとは?とんでもない。
 彼らは十分に知っている。私たちが忘れっぽいということを。カルフールへのボイコットも、結局一時の気まぐれに過ぎなかった。盗人が贓物を集めて世界最大級の博物館を開いた。これを目当てに世界中の人々が毎日のように千客万来。ロマンチックの代名詞としてのパリか。
 実りのない裁判に、抗議する声があがっている。それがどれぐらいの力になるのかな。だれかの言葉かは忘れたが、
 中国人よ、一度ぐらいはがんがん怒ってください!

2月24日

そんなめぐり合い

北京の一番寒いシーズンに、風もやってきた。首を長くして今か今かと左にまなざしのすべてを注ぐ列に加わらずに済むことは、この上ない幸せだと思う。風にそよぐ髪の毛、時に舞い上がる長いマフラーから、北京の冬の残酷さを十分に見出すことができる。横断歩道を急いで渡る、ほほを真っ赤にするおばあさんから見る典型的な北京の顔も、一目瞭然だ。貧乏暇なしの生活に染まりながらも、そんな余裕がたまには訪れてくる。訪れてくると言うよりも、むしろ進んで求められるのほうが適切かもしれない。
 
首都博物館を最初の訪問先とした。教師の割引があることだけでも気に入っている。チケット売り場に行ってみたところ、無料公開となっている。ただしあらかじめ予約しておかなければならないらしい。無料入場との恩典だった。別に昔が大好きで博物館を訪ねているのではない。北京みたいな町には、広々としてなんとなくほっとさせてくれる雄大さが得られるのは、博物館ならではだ。しかし、それは天井が高いことだけにはとどまらない。それと相まって、渾然とした歴史感覚を沁みこませる神秘的な空気も、なんだか心の平和をもたらしてくれる。一日一日ベースで北京の空がだんだん狭くなりつつあり、確かに人間のほうが今の、しかもこれからのテーマになっている。
 
時間の刻みを味わう舞台でもある博物館。気持ちが落ち着く1時間半がゆっくりゆっくりと流れていく。それから向かうのは美術館。不運にも23日の12時から翌日までは整理時間につき閉館だった。自分にはこんなことが多い。同級生の代わりに行った交番が引っ越し。しばらく行っていないからたずねたレストランが靴屋に様変わり。近いから寄った銀行が閉店。気に入った喫茶店が内装工事。10数年ぶりにたずねた恩師が外出…
 
いまさらながらその不思議さをしみじみと感じた。これはすれ違いとするか、それともめぐり合いとするか。もしかしてその調子で宝くじを買えばと思うと、まんざら悪いことでもないのではないか。
2月9日

ファイト

いつもあいさつだけしていた警備員さんが今日をもって実家へ帰るということを言ってきた。仕事の交代を新しい警備員さんと一緒にしていた時だった。別にそんなに親しい間柄というわけではないが、人柄がおとなしそうでいつも微笑んでくれた警備員さだから、なんだかみんなにいろいろあるねとあらためて思った。簡単なあいさつをした後、出身地は山東省だったという。なるほど、そうらしいなと気づいた。
 
会うこと、それが人生の永遠なる課題。新しい人、新しい世界、新しい景色がわれわれの生活に割り込んでくるだろう。いつか、どこかで、かならず。それでいてそれが来るとは思わない。だから、未練があり、恐怖もある。自分はいつまでもどこまでも同じ一つの世界にしか棲まないと、生まれつきながら思うだろう。それだと信じ込んでいるうちに、何かが変わる。まあ、いい意味でも、悪い意味でも。大体、いい意味、悪い意味なんか言葉自体は無意味かもしれない。
 
良くも悪くも一生は一生ということわざがある。はっきり分かったつもりではないが、しみじみと考えてみると、なるほどそのとおりだなと思うようになる。それでも、頑張れるときはしっかりと頑張っておくのは、人間の常だ。結果はどうであれ、頑張りさえすれば、癒せない心も癒しを得る。その反面、もし頑張ってもどうにもなならないとあらかじめ分かっていたら、無論分かるはずもないが、はかないとして頑張ることさえしないだろう。どうせだからと、最初からあきらめてしまうことは、どんなに悲しいことだろう。
 
春節に実家に帰った。親父と話してみたら、たいそう勇気付けてくれる話を聞いた。70歳後半に入る親父だが、ふるさとの自然条件を生かして何か起業を図っているらしい。しかも、一、二、三ときちんとした理由も打ち明けてくれた。それはおふくろにも明かしていない種だという。いつも何かできないかと考えている親父だから、2、30年たっても、私へのイメージは、一度ももうろうとしたおじいちゃんに映ったことははい。
 
なるほどと思った。
 

Fireworks

With the ending of traditional Chinese Spring Festival approaching,main roads in Beijing,the 2nd ring road,the 3rd ring road as well as the 4th ring road are becoming more and more packed.It was,is and will be always like this which is what everyone,Beijing residents and the rootless alike,have been constantly complaining about.This is also what haunting the so-called metreopolitan.
 
Beautiful fireworks are the main theme of tonight.I see people here and there,straightening their necks,amazed by the beautiful but transient pictures in the dark sky.Afterall,it is the last day meanwhile the last night of the Spring Festival which nobody is able to hold back.What we can do is to make every second and each inch of the dark sky as beautiful as we can instead of trying in vain to prolong the process.
 
Enjoy the moment!What a perfect night!Someone lights up the fireworks.Someone standing still looks up at the natural beauty.