| SAMTAIME's profile真夏の夜PhotosBlogLists | Help |
|
May 14 渋滞乗っているバスが渋滞に巻き込まれていると、隣のアイドリングしているジープから、クラクションがけたたましく鳴らされた。そんなときにバスに乗りあっている誰かの言葉だった。
いくら押したって、進みはするものか。
その冷静さに感心した。いらいらしているのは誰でも同じことだ、たとえそんな歓迎されない真似をしても、進むどころか、白眼視されるばかりであろう。そんなことなど構えるもんかとばかりに、クラクションを鳴らすその手は、しっかりとハンドルを握っているのだろうか。
週末からの渋滞とあって、いらいらするよりほかは無い。が、それはどうすることもできないではないか。
久しぶりのことだが、なぜか気が進まない。ここまでとするか。
そうそう、一日十回ほど青空を見ていないと、その日を暮らしたことにはならないと言われているが、まったく賛成する。青空の青さも知らないまま生きるということは、本当に生きているということになるか。
May 03 キャンパス古いけど、キャンパスの中は、やっぱり独特のにおいがあった。
西院の細い道を歩いていると、どことなくいいにおいが漂ってきた。花についての知識が皆無状態と言っていいから、具体的に何の花とは言えないが、小さいときに、畑一面に立ち込めていたエンドウのすがすがしいにおいがした。思ってみると、そんなはず全然ないのに。
不思議なことだ。
友達の話だ。会社での一日がどんなに疲れていても、学校に入ったその瞬間、何もかも飛んでしまうという。疲れも肩凝りも、ストレスも...学校というところは、わけはわからないが、意外と人を癒してくれるというのだ。
それは本当かも知れない。
まったくとは言えないが、学校で見られる人間関係は、やはり一番簡単で、一番純粋で、一番美しいだろう。だから、いつまでも緊張感を解せない会社なんかとは違って、学校に身を置くと、自然解けた気持ちになるから、疲れやストレスの源を断ち切るということになる。
だから、二人ながらの散歩にしても、ブランコにしても、またはどこにでも見かけるというベンチにしても、一日の一番和らいだ時間になるだろう。そんな余裕を持っていれば、新たな闘志も燃えてくるに違いない。
May 02 독파읽어 버려고한 책을 한숨에 독파했다.중국어 또는 일본어러 엮인책이면 고생을 많이 하지 않으도 편하게 읽어 말겠지만 처음으로 한국어로 가득 채워진 책을 읽은것은 정말 현기증이 난 생각을 하기 그지없었다.
그렇지만 됫맛이 무척 좋은 것 였다.뭔가를 성취해낸 듯 흥분함조차 느낄 수 있었다.이대신 너무너무 피곤하기도 했다.그러나 뭔가 남아 있을까고 하면 자세히 말해낼 수도 없는것 같다.그래도 상관하지 않다.이것만 해도 충분히 자랑스럽게 할 수 있기때문이다.
실은 긴글씨를 읽은것에 대해 공포에 가까은 감정을 품어 있었다.의미를 파악할 수 없는것이 아닐까 하고 항상 초조함을 금지 못했다.그럼에 불구하고 읽고 있는 사이에 차츰차츰 안다는 생각을 하게 됬다.전에는 전자사전 없어서는 안 된다고 했지만 이제는 이럭저럭 알게 되어 있다 말이다.
의미를 모르지 않을까란 것보다도 오히려 내용에 끌어당겨지면서 다음의 이야기를 알고 싶다는 호기심까지도 생겼다.
오늘은 온전히 맑게 갠 푸른 하늘이 면면이 펼쳐지며 바람도 없고 그지없이 완벽한 하루 였다.저녁을 먹었을때 조금 땀이 나버렸지만 기분이 좋았다.
또다시 부질없는일기가 되어 버린것 같아서 미안하겠지만 이정도로 끝낼까 하고 싶은텐데. 連休もはやみんな待望していたメーデーが始まった。
学校を出る際に、門のところで人待ち顔をする人が明らかに増えた。大きなリュックサックを背負っていることからすると、香山行きの連中ではないかということがわかる。また、ほかの公園とかに行く人も結構いるようだ。好天に恵まれているということもあってか、朗らかな顔ばかり。
早くもワンピース、ミニスカート姿の女性がこれ見よがしに歩いている。その隣に大小二つのかばんを持っている男性。また、ポーズをとりながらもシャッターを切ってもらう男性にこうしろああしろと、指と目つきで撮影の指図をする女性...こんなのんびりした絵巻が繰り広げられている。
メーデーの連休ではなくて、国慶節の連休に一度みんなで国旗の掲揚式を見に行ったことがある。渦巻くような人並みを潜り抜けての苦労だったのを、今も忘れられない。
休むときほど疲れるときはない。少し前からこのように悟っていた。明日は学校だしということを意識してじゃ、こんばんはそろそろ寝ようかということがあっても、休みともなると、どうせ時間を意識しなくていいから、ついゲームをしたり、DVDを見たりして、気がついたときは、もうそんな時間だと自分を責める。次の日も約束で満杯で、やむを得ず早起きをして寝ぼけ眼で出かける。
そんな悪循環が続いていると、また新たな決意をするのだ。
今度こそどこへも行かずゆっくり休むのだと。
May 01 때오늘도 역시 한가로운 하루 였다.
수업도 없으며 곧 해야한일도 없고 또한 만나야 한사람도 없는채 마음대로 보낸 하루로서는 드문일 였다.다들 어딘가로 가거나 친구들과 오랜간만의 만남을 위해서 바쁜듯 걸어 돌아다니겠지만 자기에 대해서 이런필요는 전혀 없는다.
모처럼의 연휴이기때문에 충분히 이용해야 한다는 의미로 사람들이 오가곤 하고 있기에 틀림없지만 새로운 학기가 시작된지 2달이 된동안 스트레스가 샇여 온것뿐만 이고 잠꾸러지 단 한번이나 한적이없었다.
게다가 왠지 모르겠지만 올해는 많은 것을 경험해 왔기를 세게 느낄 수 있다.긴장스러운 매일이 잇따랐다.일로서의 가르침이 물론이지 뭔가 불안가까운 기분에 뒤쫓겨 있는 느낌이 세워지기만 했다.그리고 이런 생활을 아마 기게 해야 하게 될것이지만 그럼에 불구하고 괜찮을 것이라고 생각조차 생길 정도다.
지금은 여기서 누구에도 보이지 않지만 언제가는 누구에도 보이게 될것이다.그러므로 돈보도 편한생활보다도 노력할시간을 필요할 것이다.
젊은시절에는 노력을 아 끼지않을만한 것이 있는 것이다.다음해에도 다음다음해에도 메이데이가 오겠지만 뭔가 하기에 제일 소중한 때가 지나갈것이 틀림없지. 이때에는 이때에 어울리는 것이 있는다.어린시절에 마음대로 노는다.학생로서는 연애를 하며 공부를 하는다.근데 일단 이때가 지나가면 아직 어린애처럼 살아 가서는 안 된다.
그렇면 생활에 속게 될것이다.아무리 후회하도 소용가 없으리라. 意外また一年か。
早くも連休に入ったことをさっき確認した。
おととしのこと時は上海に行っていた。去年のこと時は日本へ。そして、今年はというと、どこへも行かず、ゆっくり北京にいるつもりだ。行きたいところがないというわけではないが、ただ一向に気が向かないということもあって、その上、どこに行っても人ごみを抜けなければということを思ってみただけで、ぞっとするような気持ち、または苛立ちを禁じえないのだから。
なんといっても、疲れていた。だからこそ、ゆっくり歩きたくて、これ以上流されたくないのだ。 今日の北京の町は、いつもの賑わいぶりがないように思われる。みんな出かけているから、なんとなく抜け殻という言葉を思い出される。そこまでは行かなくても、いつもより確かに人が少なくなった気配がする。
たまには町を駆け巡る観光バス。欧米人だらけのバスを見かけた。それもお年寄りばかり。何かチェックしているかのような目つきで窓越しに眺めるその目は、なんともいえないほど生き生きしている。たとえて言えば、カメラのようになっている。
違う、何かが違う、とこの共産主義国家を眺めているのかもしれない。みんな同じだというはずだったのに、さまざまな生活のシーンが見られる。顔を変えつつあるが、前近代的な名残も残っている。そんなように眺められているかもしれない。 よくも悪くも中国は中国だから。そんなことを百も承知の上で、人々が頑張っている。そして、頑張る甲斐があることを深く信じている。たまには外部からの報道に励まされる。
何も知らないのに、専門家ぶったようないわゆる「中国通」にはうんざりだ。中国語もできないのに、人との交流もないのに、あれこれとレッテルを貼ってしまう。 町ですばやく散らしを電柱やセメントの床に張る少年のことが浮かんできた。
したがって、人間の場合も同じではないか。見た目からということをやめて、実際その人と付き合ってみたら、案外ユーモラスな人、案外無作法なやつ、案外思いやり深い方だと気がつくだろう。 勘任せにやっていては、いつまでも自分が自分だけで、人を理解し、理解してもらうことはないに間違いない。 われわれの周りには、意外というのがいっぱいあるのだ。それに対抗して世界を変えていくか、そのまま受け入れるかは、自分の自由だ。 사랑이번에는 사랑에 관해서 쓰고 싶다고 생각한다.사랑이면 인간이면 누구도 깊게 느낀 적이 있기에 틀림이 없다고 해도 좋지.부모님부터의 사랑,웃집사람부터의 사랑,그리고 연인 배우자부터의 일생에 걸치겠다는 사랑.
이세계에 이런 사랑이 사라져 간것을 단 한번이나 생각해본 적이 있어요?연인간의 사랑을 예로 갖추면 어떻게 될 것인가.전에 세고 깊게 자기를 사랑해 줬던 그사람이 이제는 사랑을 주지 않게 된다.에다가 다른 사람을 사랑해 버리고...어떻게 할거야?
화를 낼거지?그러한들 무슨 소용이 있다고 생각해요?내거든 안 내거든 떠날사람은 떠난다.뒤쫓아간건 힘껏 소리를 친건 이제 혼자로서 슬픔을 겪을 밖에 없다는것은 변하지 않다.
그사람에 그리고 그사람과의 아름다운 추억에 아름다운 이별을 해야 한다.엔제나 슬픔에 잠겨서는 우선 자기에 있어서는 결코 좋은 것이 될 리가 없다.나아가서는 상대방에게도 좋지 않을 것이다.
따라서 그사람을 잃어도 그 아름다운 추억을 잊어 버리지 않거라.사람은 다 어디가에 갈것인다.그런데 추억이 죽지않다.추억이 영원히 살아갈거야.
사랑없이 살고 가는것이 얼마나 어려운 것이 될것인가.지금까지 한번도 애저ㅇ표현을 하지 못했던 사람이 있어요?자,이제 그사람에 "사랑한다"고 하자 말이다.
|
|
|