SAMTAIME's profile真夏の夜PhotosBlogLists Tools Help

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    June 25

    川の流れのように

    最近は名もなきデジャビューに襲われることが多い。経験してもいないことを、すでに経験したかのように感じてしまうこの不思議なことは、いったいどこから来るのやら、自分ながら合点がいかない。
     
    明日どんなことが訪れるかさえもわからない。だからこそ、不安も楽しみもつき物だ。そして、今日今自分に起こっていることは、すでにあらかじめ知っていたのかもしれない。それでも、放任するしかない。変えるということは、簡単なように見えるが、実際に変えていく過程でいろいろな要因を見極めてからでないと、なかなか何か決断を下すということは、至難な業だ。
     
    ここまでいうと、優柔不断な生活をしている人の言い訳に思われてしまうだろうが、かならずしもそうではない。勇敢になるということは、必要のあるときにだけ勇敢になることと同じように、決断力というのは、何でも歯切れよく決めていくということではないように思われる。まさに慎重の上に慎重を重ねるといったところだ。大きな忍耐力、根気をなくしては、なかなか実行に移すのは、難しいのではないか。
     
    どれほど早く手を出せるかを競う世の中かもしれないが、根気よく最適なタイミングを待つのも、いとも簡単にできることではない。待ってたとばかりに立ち上がるその瞬間は、確かに美しく見えるが、じっと耐えて待っているうちも、負けないぐらいすばらしいものだ。待っているうちに、失っていくものもあれば、周りから巨大なプレッシャーもかかってくるだろう。それでもじっと待っていなければならない。いや、じっとではなくて、何か確実なことをしながらといったほうが正確だろう。
     
    そうすることによって、 人間という器が無限に近いところまで膨らむに違いない。ここで、危険性もひとつ孕まれることになる。それは、つまり罅が入っていないかどうかを、常に点検を行うことだ。
     
    So strongly the heart goes on,
    and nothing's gonna prevent  it 
    from  beating harder and harder.
     
    In the river of no return,
    one will  trek on and on,
    sometimes accompanied,
    however most of the time,
    By himself,with the shadow
    reflecting on the surfaceof  the river...
     
    And the river surely flows forward.
     
    といったところかな。
    June 16

    探検ごっこ

    久しぶりに967番のバスに乗った。本当にあまりバスを利用しないから。正確に言えば、あまり出かけないのだ。自転車で役立てることが多い。だから、活動範囲もそれに抑えられているのがほとんどだ。もちろん、たまにもタクシーを利用するがある。
     
    みんな乗車カードをかざしていた。自分だけが財布からつり銭を出そうとした。生まれてこの方ずっとやってきて、慣れきったことだが、なんとなくそのたびにぎこちなさを感じてしまう。それと同時にだささもあるかもしれない。まあ、いいかと思いながら、席探し。幸いにも一番奥に空いている席を発見。揺れがすごそうで、人があまり座ろうとしない席だった。
     
    腰を下ろしてイヤホンを耳に当ててまもなく、お年寄りに見える男性が隣の席を目星に近寄ってくる。自然に身を交わしてやり過ごした。いつしか、話しかけてきたかのようで、悪いと思って、イヤホンをはずした。
     
    「カードって、ややこしくてね!いろいろ問題があるそうで...」
     
    「あっ、そうですか。」と相槌を打ってみると、
     
    「バス会社に友達がいてね、偽造カードも出回ったりして、会社が大きな損を蒙ったって...やっぱり切符のほうが便利なようだね!」
     
    「まあ、確かにそうかもしれない...」このようにバスで知らない人に話しかけたり、かけられたりするのは、初めてなので、あまり乗る気がしなかった。
     
    そのうちになぜか外国語の話となった。ちょっと面白いかなと思って、よくよく見ていると、50歳代の男性だった。会社員だと名乗っていたが、なんでも研究所の研究員という感じがした。そのうちに、話が弾んできた。別に何も言っていないのに、褒めてもらった。
     
    お年寄りというのは、やはり褒め上手だなと実感できた。それはそれとして聞き流したが、話そうという気になって、バスに運ばれながらの会話となった。
     
    その方が先に科技館で降りるまで、名刺も、紹介も交わさずに、ただただ話していた。自分ながら不思議な気がした。それも、いい感じだったかもしれない。
     
    一人になった(とは言ってもほかに人がたくさん乗っている)自分は、いつものように、イヤホンを耳に当てた。そして、さっきのお年寄りが座ったところに、今度は、痩せ型の中年女性が乗ってきた。別に話し相手もいないのに、一人でぺらぺらと話していた。その女性も私より先に降りていった。
     
    バスというのは、不思議な冒険かもしれない。そういえば、分かるはずのない明日をいつまでも生きる人生も、大きな冒険ではないか。

    アメリカンドリーム

    世界ランキング5位を記しているとはいえ、サッカーのアメリカ代表はそれに相当するパフォーマンスができなかった。ワールドカップのデビュー戦でチェコに散々やられたのだ。
     
    アメリカ人がサッカーというのは、ブラジル人が卓球と同じような感じがしないでもない。アメリカといえば、バスケットボールや野球、更にはラグビーなどが浮かんでくるが、サッカーにはやはり異様な響きがあるだろう。
     
    現に、さすがにマイケルジョーダンの名は存じているが、アメリカのサッカー選手が誰かと聞かれると、戸惑うばかりだ。浅学寡聞の身であるとは百も承知しているが、そんな変な感じが拭い去れないのだ。
     
    アメリカ人自身もあまり熱中していないようだ。これには原因があるのかもしれない。野球の試合なんか、試合の合間に乗じて冷蔵庫から間食を取り出したり、ビールを飲みだしたりするのは可能だが、サッカーというスポーツはテレビに釘付けにならなければ、楽しめないゲームだ。
     
    それでもすごいと思う。アメリカの力というのは。やろうとすれば、なんでも上手になる。そんな心意気を、まさにこのサッカーから感じさせてくれることができるのだ。
    June 14

    見え方

    韓国人が群がって思い切り飲んでいたらしい。いかにも韓国人らしいやり方だと思う。そして、今日はじめて韓国人の口から聞いたが、てっきり韓国人が最愛なはずの赤を、韓国人には実はタブー視されている。サッカー応援の時にしか用いないという。それでも、テレビから見た韓国の首都ソウルの街角に固まった赤の海には、人を感動させるものがあった。

     

    そして、今日聞いたコンサートからようやくあることについて悟りを開いた。中国大陸のはやり歌に圧倒的多数を占めているのは、賛歌と言っていいだろう。国を、リーダーを、またはいわゆる新世紀、新生活を謳歌するものなど、実に多岐に渡っているようだが、キーワードは賛美の一言に終わる。それに対して、香港の歌には、意外なほど励ましの曲が多い。不景気だから、みんなで結束を高めて、難関を凌ごうとかが印象的だった。なかでも、最も好きな言葉の一つとして、「龍馬精神」(龍が天を駆け上り、馬がギャロップで走る勢いという意味)が挙げられる。だから、今日の繁盛を極めた香港があり、どんな難局でも打破しようという心意気がある。それも一朝一夕のことではなく、何世代ものたゆまぬ努力があってこそ成り立ち、しかも次世代へと受け継がれていく。

     

    こんな曲を聴いていると、自然頑張りたいという気持ちになる。それに引き換え、賛歌ばかり聞かされていると、美しき山河などを賛美する歌で、中国人としてのほこりを浮き彫りにされようとするテーマも、結局色あせてしまう。そればかりか、唯我独尊というあってはならない慢心が助長される。したがって、自分だけの世界に溺れて、ほかの何も見えなくなってしまう。

     

    精神力。それが一番強いかもしれない。

    日々是好日

    久しぶりに昔の友人と電話で話した。というのも、その友達から電話がかかってきたのだ。
     
    びっくりしたことに、病院の検査でちょっとした病気にかかったことが分かり、近々手術を受けるということになったらしい。重い病気ではないようだが、それでも心配を禁じえない。メスを入れられることともなれば、本人はもとより、聞いている側にしてもそれほど楽な思いはできないだろう。
     
    暗い話の続きではなかった。何の話題からか、話が弾んできたように思える。そして電話を切るまではずいぶん笑えた。
     
    急に変わってきたのではないが、なかなかいいコンディションにあるのではと言われた。思い低い雲を退けて顔を見せた太陽のようだと。大げさな比喩だったかも。
     
    自分でもよく分からない。その上、ずいぶん話術が巧みではないかとも買われた。話術なのかは自分ながら疑問に思うが、その風に言われて、やはりうれしかった。
     
    そうそう、今日は涼しい天気で、本当にどうしたらいいか、きちんと利用しなければもったいないのではないかと思わせるほどだった。それにふさわしいことをしてきた。試験の申し込みのことで銀行でいらだってもいたが、それでもことは一応うまく行ったという感じで、予定通りのことができた。
     
    そして、午後は六時間もの授業でいささか暗黒だったのかな。みんなついてきてくれたので、それほど大変でもなくて、誰かを感謝するような思いだ。
     
     
     
    June 12

    Amazing Grace

    あの「白い巨塔」のテーマソングに選ばれた曲だった。とはいっても、日本語の歌ではない。もともとは幾世紀も歌い継がれてきたキリスト教の賛歌らしい。ドラマにぴったりの曲だったという気がしてならない。
     
    何も信じられないときに、何かを信じたほうがいいかもしれない。それはつまり、神様だ。人間にはいつか裏切られてしまうものだが、神様には救われ続ける。それは命の奇跡とも言えよう。二進も三進も取れなくなって、絶望的になったときは、放り出してしまう人もいれば、じっと耐えながら神様を祈り続けて、最後の最後まで粘り続ける人もいる。奇跡というのは、まさに後者への贈り物。
     
    里見医師はあくまで自分なりの誠実な性格を貫いた。勿体ぶろうとか、誰かに尊敬されようとかといった考え方は微塵もない。自分の直属の上司である鵜飼からも一目置かれる存在で、終身の親友である財前には恐れるべき存在であり続けた。上へ上がろうとの一点張りで周りを手段としたそんな財前であったが、生と死の境をさまよう間際に里見のみ近づけ、手術を急ぐのではなかったと懺悔の意を表したのだ。
     
    そういう意味で、財前が救われたのかもしれない。
     
    と同時に、深く感じられたのは、医者の不養生という慣用句だった。もし自分の病気に気をつけていたら、そのような悲壮な最期を遂げなかったことだろう。とはいえ、財前のようにあくまで我を折ろうとしない人物(この点に対して、さすがの鵜飼医学部長も眉をひそめていた)には、生きている限りは、その点は意識できないだろう。
     
    人間ほど傲慢な存在はいない。
    June 07

    MOONLIGHT

    久々見る月の光。
     
    人を感動させ、信じられないような月だった。ビルの高きにありながらも、届きそうな気にさせてくれる。こんな夜は、帰りたくない。一人で夜を明かしてもいいかもしれない。取り留めのない思い、誰にも明かしていないような考え、語りかけたくなるような不思議な気持ち。
     
    昼間の熱波とは打って変わって、月を伴った北京の夜は、褒めたいぐらい素敵なものだ。涼しくても決して肌寒さを感じさせず、曇りながらも雲の隙間から見える青空は神秘的だとしか言いようがない。センチメンタルでもある。
     
    なんとなく心が静まる。昼間の喧騒は永遠のように退けられてしまう。急ぐこともないし、急ぐにおいも全然ない。あたり一面の明るい光、それに交わる静けさ、バックグラウンドミュージックごとき恋人のささやき...バランスの取れた風景、それも都市にあっては珍しい木版画を、目で眺めるもよし、耳で聞くもよし、さらに心で感じるもよし。
     
    こんな透き通った銀色の光を抱擁せん!今宵も静かに眠らん!
    June 04

    용기

    요즘에는 아주 용기 있는친구들이 많다고 여긴다.이들의 말의 의하면 해온일을 깨끗하게 그만뒀다는 것이다.특히 경정 백열화한 세상에 있으나 감히 그만 한  용기를 내긴것이 내에게는 쉽사리 흉내낼 수 없는 것이기니까.
     
    적어도 여기에서 포기해서는 안 되는 것인지 모른다.이럴 만한 용기가 없다는 것이 아닌다.재출발을 위한 힘이 부족함을 자기로서도 알아볼 수 있다.
     
    뭐가 뭔지 모르시겠지만 잘 생각해 봅시다.누구든 틀림없이 망설이는 시기가 있다고 말할 수 있다.큰 결심을 해야 하게 되는 것이다.
     
    일본의 인기 있던 드라마 "하얀 거탑"의 대사를 생각냈다.인간을 생 과 사로 구분한 동기이고 천재적인외과의사인 자이젠에 "난 의사로서 살아가는 한 계속 고민하는거야"하고 사토미의사가 말했다. 바로 이말대다고 찬성한다.
     
    사람이 사람로서 존재하는 한 고민하는 법이다.어쩔수 없는 운명이고 생의 보람이라고 해도 좋을 것 같다.
    June 03

    ヒョウセツ

    作文の添削をしていると、意外なことを発見した。それはヒョウセツがはびこっていることだ。
     
    感想文を出せと宿題を出したが、今週半ばまでに続々とメールボックスにメールが届いてきた。読んでいるうちに、これは明らかに自作なのかと気になってならないので、インターネットで検索してみたら、案の定、その懸念が裏付けられることになった。
     
    いささか複雑な気持ちになった。というか、添削する必要があまりなくて、むしろ楽だったのかもしれない。自分の学生時代を思い出された。毎度のようにレポートなり、要約文なりの提出に迫られていたが、たとえ無理やりにも自分の意見を通そうとして、自分なりに文章をまとめていた。それはたまには意外なことに、褒められたりして...
     
    間違っていても、それなりに考えていくことが必要だ。受けるだけのことだったら、自分がメモリカードの役割しか果たせなくなってしまう恐れが十分ある。しかし、入力よりも、出力が重要視されるのは、今の主流ではないだろうか。
     
    出身は関係なく、どれぐらい、どこまで仕事ができるかが問われる時代だ。それでも、情報爆発するなかでは、意外と没個性される危険性があちこち待ち受けている。
     
    人に任せていいことと、どうしても任せてはいけないことのけじめをつけることも大切なことのように思われる。
     
     

    생각

    역시 자기는 게으르기 쉬운 사람이라고 새삼스럽게 통감했다.
     
    하루마다 한편 써 내려고 했지만  좀처럼 해낼 수 있는 것이 아니였다.한국사람과 교류 해오기도 했다.그러나 원일인지 뭔가 부족하는 듯이 굴어 있는것을 느낄 수 있다.가까이 친구들도 같은 생각이다고 하곤 했다.뭐보다도 복잡하고 미묘한 나이를 맞고 있기니까.직장 인간관계거나 결혼문제등 당분간 정해야 한일이 많는것 같다.
     
    타조처럼 사람들에게 보이지 않게 머리를 모레밭에 묻어 두고 걱정도 아무것도 생각하지 않기로 하는것이 좋을지 모르겠다.즐거움도 슬픔도 생각 하나에 따라 결정적으로 다르게 보인 법이다.
     
    그러니까 될 수 있는한 쓸데없는 생각을 줄게 하는것이 중요한다.이것을 보고 너무너무 소극적으로 보이지 않으느냐고 반문하는 분도 틀림없이 있는 것이다.결코 그런 것이 아닌다.지금사람들이 톡하면 자의식 과잉이기 쉽다.조금이라도 이런 생각을 졸일 수 있으면 좋겠다.
     
    이따금 다른것에 관심을 보여야 지기를 비추어 볼 수 도 있으리라.자신그림자에 너무  매달려 있어서는 센티멘털하게 될뿐 이다.
     
    생각대로 일이 행해지는 것이 누구도 보증할 수 없다.아무 생각없이 살자라 하지 않아도 그런 생각을 간직하면서 천천히 걸어가는 것이다.
     
     
     
     

    半月

    愛読してくれる(?)方々にもうしわけないと思いながら、またも半月以上怠けてきてしまった。なんか言い訳に聞こえてしまうかもしれないが、忙しかったから。たしかにそうだった。ただ、なぜという答えは控えさせてもらう。
     
    そして改めて感じる。同じことを毎日のように繰り返すというのは。同じことは永遠に続くことは、非常に難しいことだ。当たり前のようだが、これはほかのことにも通用するのではないか。
     
    何かにつけ、永遠にそうではないかと思ってしまうことはないか。悪いこと(?)が続いていれば、人生否定論につなげたり、誰かに言われて、俺ってだめではないかと肩を落としたりして、生活を、歩んできた道を、そして歩んでいく道を、真っ黒に塗りつぶしてしまう傾向を、誰でも多少持っているのだ。
     
    だから、過度に喜ぶことも、余計に落ち込むことも、あたらないことだ。塞翁が馬というの物語は、実は多くのことを教えてくれる。最上の処世訓だと思う。時には丸木橋のように険悪な道に見える人生を生きるのは、それぐらいの覚悟がないと困るというところかな。
     
    なんかお前渋いなとまた言われてしまいそうだが、それは別に暗いことだとか、悪いことだとか思わない。
     
    北京もいつころからか、センチメンタルになってきているように思われる。めったに降らなかったのだが、最近となっては、毎週末小降りぐらいは恒例化している。そして週明けは間違いなく澄み切った青空を見せてくれる。
     
    それもいつも続くのかな。