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6月29日 自分のかたまりProcrastination.いつの間にかそんなことが好きな人になっている。さっさと何かを片付けるのではなく、最後の最後までぎりぎり延ばしておいてからじゃないと、なかなか仕上げや始末に取り付かない。まわりにはそのような友達もいる。完ぺき主義者で、締め切りがないと、なかなかしなければならないことをしまいという。ぎりぎりに追い詰められたあげく、じゃ今度は絶対に同じことを繰り返しはしないと誓いながらも、結局同じようなことが避けられない。Extremes meetとも言うが、まさにそのとおり。同じタイプの人間じゃないと、なかなか友達、ひいては親友になることが難しい。そんなことは、自分の友達を思い出してみれば、簡単にわかることだ。
キングオブポップの逝去。世界に一石を投じるような出来事。大勢の人々が悲しみを共感することができた。小児愛だの整形だのと取り上げるのに足らない存在と一笑に付する人もいるわけだ。音楽の才能はだれでも簡単に否定はできないし、アメリカの国会も会議に先立って黙祷が行われたし、オバマ大統領も公の場で哀悼の意を表した。暗殺されたケネディ元大統領の死、エルビス・プレスリーの死に負けないぐらいショッキングな出来事だと語るホイットニー・ヒューストンさんの話からもわかるように、エポックを画するような事件だったとは言うまでもない。
前妻であるLisa Marie Presleyさんは、悲しみのあまり、自分のブログで、MJは生前に自分の死を予感していたということを公表した。ひょっとして自分もお父さん(Elvis)のようになりはしないかと薄々と自分の運命に勘付いていたと。当時苦しんでいたMJを、自分がどうしても助けられなかった無力感を隠そうとしなかった彼女。そんな彼女に対する気休めのコメントがたくさんあった。「両親をがんで相次いで亡くし、最近に自分の息子まで先立たれた50台の女性だ。そのあげく、自分も入院しなければならなくなった。退院したのもつい一週間前ほどだ。人を助けることは、ロープを投げることと同じようだ。こちらのほうからいくら熱心にロープを投げても、すがってくれないのでは、なんにもならない。それなら、自分を責める必要などはない。Lisaさん、早く立ち直ってください!」これを読んだ時に、なんだか体が熱くなるような気持ちだった。
どんな状況下でも、人のことは見えているのか。 이길을 가면사람이 변했다.풍경도 변했다.따라서 세상도 변하지 않을 수 없없다.고생물이란 말을 왠지 모르게 떠올랐다.지금 있는 곳은 분명히 볼 순 있지만 우리 보는 것만 보이고 옛날의 모습을 상상해보거나 책이나 사진을 눈앞에서 한들 과거 모습이 꼭 되풀이되는 것이 아닌다.그랬다.과거복사는 불능한 일인다.
그렀다고 해도 장래는 어떤 모습을 보여줄 것인가도 또같이 알 길이 없는다.아무리 내일을 꿈꾸어 알고자하더라도 결국은 헛되는 것으로 보일 밖에 없다.내일이 있다.내일이 있다.하는 생각을 항상 품안에 안은 사람들에 있어서도 눈앞에서 급한 일이 생겼다는 순감에 즈음하여 뭐해야 된다는 질문을 해도 당장 대답을 내기 어려울 것이 아닐까.우리는 안것만 알고 모른 것에대해서는 알고 있는 것을 중심으로 추측하되 열린 세상에 무한한 가능성이 숨겨 있는 이상 단지 자기자신을 만족시킬 것에 머무르게 된는 것이다.추측에 십상인 일들이 영 생기지 않다.
그럼에도 불구하고 우리에게는 지금 현재가 있다.보일 현재 느낄 수 있는 현재 그리고 잡을 수 있는 현재를.좋아하든 싫러하든 실감할 수 있는 그 순간순간이 있다.비록 닿을 수 없는 과거도 미래도 상관없어 지금만 있다면 내일을 더 가까이 있는 존재로 할 수 있도록 힘껏 노력할 수도 있고 정성껏 살아갈 수도 있다.아무리 상처를 주거나 받더라도 여기에 내가 있고 친구도 있어 줄 테니까 미워하지 말고 용감히 이 길을 걸어 가자! 6月26日 マイケルジャクソンマイケルジャクソンが亡くなった。いろいろと取りざたされていたロック歌手も幕を下ろすことになった。大のロックファンだとは言えない、これに接したときのショックは何なんだ。マイナスの報道から抜け出せなくて、すっかり弱体化してしまったこの歌手は、幼少時に実親に虐待されたりでいろいろ経験していたに違いない。
光り輝くその才能は何にも覆われることなく、輝き続けるだろう。病因にはたくさんのファンが駆けつけているようだが、なんだか泣きたくなるような気分も自分ながら感じることができる。 6月24日 静けさ深夜のドライブがすきだ、とする人がいる。一日の喧騒から眠っている都市のメインストリートを、あてどもなく好きなスピードで物思いに耽ろうというタイプだ。夜が深まれば深まるほど、自由な気持ちになるのは確かに不思議なぐらい、そんな人たちを魅了しているわけだ。昼間だったら、何かと忙しく、きりきり舞いの状態では、自分自身に集中すると言うことは実に至難の業だ。込んでいるが、間に合うか、遅れたらだれかにしかられはしないか、変なことを小集団でいわれはしないか、ちょっと楽しみにできるお昼が実現できるか、今日売らなかった株は明日も値上がりし続けるかと…こんないろいろな甘い束縛から逃げることができるのだろうか。そこまで張り詰めた神経も、限界がある。いつまでも、どこまでもというわけじゃなく、いったん休んでもらわないと、変になっちゃうのではないか。そこへ、夜中のドライブがあるのだ。
車が走っているというより、自分の方がそれ以上に走っているのかもしれない。その何にも縛られたくないし、縛られない心が昨日、今日、明日へと縦横無尽に飛んでいるのだ。目的意識は全然要らない。システマチックな計画も要らない。これらにこそ楽しみが秘められているに違いない。無計画、無意識という誰にもある動物的本能に従うことができるのはこんなときに限っている。群居生活を極端的に生きているのは人間に他ならない。この安全で安心のできる生活から、冒険の心も同時に捨てずにいるのも人間だ。そんなことができるのは、こんな時間帯かもしれない。
たくさんの友達に囲まれる寂しさをセンチメンタルな気持ちでじっくりと味わうこともできよう。大勢にまぎれて黙り込んで、さびしい微笑みを。だから、一人=寂しいということは成立しない。寂しい人はいつも寂しい。パーティーで声高に話したり、笑ったりしていれば寂しくないというわけでもない。もう一人の自分がそこにうずくまっているのかもしれない。自分にも察しがつかないほどかすかな存在でありながら、時には完全に自分を支配するほどの存在に変身してしまう。
静かな夜、静かに自分に静かに語りかける静かな時間をお楽しみください。 6月22日 행복한 사람열정과 냉정사이에 갔다왔다하는 것에 도저히 말로서는 할 수 없는 감각이 든다.사람이면 아무도 이런 경험이 있지만 즐기거나하는 자도 있고 무서워하는 자도 당연히 있다고 할 수 있다.근데 이를 이해가 안 된것인기 때문에 그냥 먼 것으로 할 수 있다면 상관하지 않으려는 마음이다.우리 주변사람에는 매일처럼 만족스러울 수 없는 것이 생길 때마다 화내거나 거부하는 자세를 취하는 친구가 있다.마음 안된 일로 그 인생이 된 듯이 다른 사람에게나 사회에게나 부정적인 태도를 보인것이 그 생화의 전부인것 같다.
그렇다고 해도 좋은 것이 누구에게도 좋은 것이고 나쁜 것이 누구에게도 나쁜것이다.이 것은 어디가나 언제나 맞은 것이다.문제는 생긴것이 아닌다.이에 대해 무슨 자세를 보이냐는 태도다.살아갈 태도다.소극적인 사람은 언제나 무엇에 대해도 소극적일 수 밖에 없다.하편 적극적인 사람은 아무리 악경에 있다고 해더라도 소극적인 생각을 버려 여전히 적극적인 살림을 포기하지 않다.비해자인 이상 더 많은 비해를 피하기 위해서도 적극적으로 노력하고 나는 편이 훨씬 난다.
한마디로 말하지면 인생은 태도다.여행과 처럼 언제 어디에 누과 같이 하냐는 것에 대해 대답이 날 것이 아닌다.언제까지나 걸어가야 된 운명에 처하는 것은 우리 한사람 한사람이다.길을 택하기가 어려운 때가 많다고 해도 과언이 아닌다.같은 식으로 누구를 동반자로 정하면 될까도 할 수 없은 것이다.우리로서 인간으로서 할 수 있는 것은 단지 자기자신에 대해서다.행복한다고 말할 수 있다면 그야말로 행복한 인생이 아닐까.하고 싶은 것을 할 수 있다는 것만으로 충분히 행복한다고 전세게에 외쳐도 될 것인다. 6月20日 癒し早稲田大学の図書館に入ったときの感動を思い出しました。あの広さ。空間的な広さだけではなく、落ち着かせてくれるような広さ。こんな気持ちを何もないこの土曜日に今一度味わうことができた。それまでは食べたばかりのあぶらっこいマーボー豆腐でむかむかしそうなところだったが、その小さな門をくぐる一瞬、目の前に広々とした感じにしゃきっとした。中国最大規模を誇る図書館だけあって、車などで喧騒している大都市にいるとは思えないほどの静けさであった。
ガラス張りの壁から眺めたそとの景色は依然として忙しいいが、別世界で自分とは関係ないというような気もした。たとえて言うと、映画館のスクリーンにでも映っているようなものになっている。大きなオフィスビルのガラス壁には、止め処もなく車の変な姿が映る。先へ先へと。そんな気ぜわしさとは対蹠的に、館内には不思議なぐらい静けさ、それに伴う香りが漂っている。なんと言ってもあの高い天井は、行ったこともないギリシャの神殿を思い出させてくれるぐらいだ。これは北京という急ピッチで膨大化する町には、欠けているものではないか。長くいればいるほど、気が詰まるというある学生の作った文が脳裏をよぎったが、これも本当のことではないかと同感する。
読者には、大学生模様が圧倒的な多数を占める中、各年齢層の人がいた。不思議なことに、一人の人生が見えるような気がする。そんな年にも果たしてそんな余裕があるのだろうかと思うと、答えが出ない。これはすなわち余裕ということだ。存在するだけでなく、自分の存在を実感できるのは、この時だ。生きていく原動力にもなってくれる。
文字が飛び交う世界である一方、自分に語りかけ、ないしは戦う場でもある。一秒一秒と時間が刻まれる同時に、やさしい癒しもどことなく心を和ませてくれる。 6月14日 FriendshipRenewal of friendship.This is what some one of us has to do in badly hope of the social networking.Living all by oneself,without causing troubles of others is just impracticable in a retold story.The truth is that no single one of us can survive untill he or she is ready to embrace interconnected relationship,person to person,society to society or culture to culture.Mankind would stop at nothing in the persuit of happiness,not to mention in the fight for survival.
It does not matter when you pick up the phone and make a call to a long lost friend.No doubt it will turn into a surprise for both parties.It is totally wrong to ignore your best friends as you may assume the relationship between you and he or she is both long lasting and robust enough to go over any kind of barriers such as time and space. はかなさその瞬間、しまったと思った。なんてまずいことになったのだろう。そんなにたくさんのファイルを知らずのうちにどことなく消えてしまった。今日は試験問題の締め切りだった。ハードディスクのものがほとんどすべてがなくなっている。ハードディスクには、ずっと前のコンピュータの中身をバックアップしたものがあった。それが、何かの弾みに消えてしまったのだ。ウイルスをチャックしたばかりに、まさかファイルごとが消されてしまうとは思わなかった。
まさかこんな消え方をするとは知らなかった。いつかどこかそんなことになるとは想像もしなかった。モノというのは、そんな一面がある。大切だと分かりながらも、それを大切にしようとするにもかかわらず、いつかどこかへ消えてしまう。それは自分の一部なのか、それとも違うのか、自分でもよく分からない。自分はいつも自分のままだ。自分でいて自分ではない。そんな理不尽があるのは、不思議なことだ。
はかないという言葉を思い出した。人間以外のものは、はかないものだ。いや、人間でもはかないことがある。 |
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